「滝行」決行日は、夏の暑さがようやく過ぎ去ろうとしていた9月も終わりかけの頃だった。都心から電車に揺られ1時間半ほどで、目的の駅に着いた。駅を出ると天気はどんよりと曇っていたが、ここから小一時間ほどかけて、おいらと、杉さん夫婦の3人は、山道を登っていった。杉さんの奥さんは、ハナエさんといい、なんでも青森の「イタコ」家系で霊力があるらしい。背は低いが、色白でぽっちゃりっした体形が、何となく安心感を与えてくれる。杉さんは十五歳以上年下のこの女性に対して、なぜかいつも敬語で話していた。おいらもいつの間にか、ハナエさんには、様々な悩み事を相談していた。たぶん、人を安心させてしまう、そんな雰囲気がイタコの血統というものなんだろうか。
そもそも、おいらの虚弱体質の原因は、小さいころからのメンタルの弱さにも原因があるのではないかと、最近では思い至るふしがいくつかあった。おいらは、小さいころから、毎日がちっとも楽しくなかった。学校が嫌いで、特に体育の時間が苦痛以外の何ものでもなかった。授業も上の空で、つまらない授業のときは窓から空ばかり眺めていた。注意散漫で、いつもボーとしている子供だった。あまり他人に興味がなく、なかなか友達の名前が覚えられなかった。
まあ、そんな感じだったので、勉強でも得意と不得意が極端だった。人はそんな風に大人になってしまうと、何に対しても好き嫌いの激しい、大きな欠点を抱える大人ができあがる。何よりも一番ダメなのは、自分のダメダメな部分を認めることができない人間になってしまうことだ。自ら招いた極端な性格のせいで、つまり、なにか問題が起こると、それは自分のせいというより、周りの誰かが意地悪であったり、学校に問題があったり、原因をいつも他の人に押し付けていた。そんな人間は、結局のところ居場所がなくなり、もう最後は逃げ出すしかないのだ。
つまり、おいらはいつも逃げ出した。バイトでも、人間関係でも、学校さえ、嫌になるとすぐに逃げだすことばかりを考えていたのだ。そんなおいらの問題だらけの性格を何とかしようという思いで今回の滝行には臨んでいた。
ではなぜ滝行なのかというと、ほんとのところ別に理由はなく、もしかすると瞑想や座禅や内観法でもよかったのだか、どこか滝行という言葉の響きになんとなくひかれたのかもしれない。